文字によるコミュニケーションは難しいと思います。
本人が何の気なしに書いた文章が人を傷つけてしまったり、相手が書いたことの行間を読めずに(あるいは深読みしすぎて)迷惑をかけてしまったり・・・。
単語の使い方、文脈の間に含ませるものというのが個々によって違うから起きる問題だと思います。
もちろん、言葉によるコミュニケーションにおいても同じ問題は起こりうるのですが、声のイントネーションや相手の表情が見えれば多少見えるところもあり、誤解を排除する要素がありますが、文章(特に手書きでなくパソコン等で書いたもの)に関しては、相手の人となりをよほど知っていないと、そこから相手の感情を汲み取るのは非常に難しいといえます。
文章を書く際、相手の文章を読む際には、「僕がこう書いたら相手はどう思うだろう?」「この人がこう書いたら、きっとこう思っているのだろう」と斟酌する能力を持っていかなければなぁと思います。
もちろん100%読み取れるということはあり得ませんし、そこで発生する勘違いがあるからこそ人生は面白いとも言えますが、「100%に向けて努力する」という気持ちだけは忘れずにいたいものです。
それとまったく同じことが、音符と音楽の間にもあると思います。
文字はいわば譜面、言葉はいわば音楽です。人(作曲者)が文章(譜面)を書きますが、同じ単語(音符・音楽記号など)を書いていてもその裏にある意図は人(作曲者)によって全く異なります。
そして、それを受け取る人(指揮者・演奏者)によって、まったく違った解釈をされるわけです。
もちろん、指揮者と演奏者の間にも似たような関係が成り立っています。
そうやってオーケストラの音楽というものは出来上がっているのだと強く感じます。
僕はアマチュアではありますが、一演奏者として、作曲者の意図・指揮者の意図・そして共に演奏するプレイヤーの意図を読み取り、その実現に向けて努力する。
そんなプレイヤーになれればいいなと思います。